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暮らしのシアワセ

『ゆ・り・こ!』

◆2016年3月1日(火)

「子どもへのまなざし」という本の挿絵の画家が
山脇百合子さん、という話で思い出したこと。
百合子さんといえば、お姉さんの中川李枝子さんとともに
絵本「ぐりとぐら」の作者として有名である。

私も息子の寝かしつけのときにたくさん読んだ。
息子もぐりぐらシリーズは大好きだった。
寝る前に読むのは(私が眠りそうになるから)3冊まで、と決めていたが
そのうち2冊はぐりぐらだったことが多かった。
私も、お話だけでなく、百合子さんの絵がとても好きだった。
居心地よさそうな、あたたかみのあるぐりとぐらのおうちに
私も住んでみたいな~、なんて思ったものである。

 ぼくらのなまえは ぐりとぐら
 このよでいちばん すきなのは
 おりょうりすること たべること
 ぐりぐら ぐりぐら

という歌に私がメロディーをつけて歌うと
理由はわからないが、息子が「やめて!」と抗議した。

そして、最後まで読んで、私が、「はい、お・わ・り!」と言うと
息子は、「ゆ・い・こ!」と言うのである。

それは、後ろの扉の絵のわきにある、小さな百合子さんのサイン。
息子はそれもお話の一部であるかのように読んだ。毎回。
「ゆりこ」と書いてあるとおり読んでいるつもりなのだけれど
まだ「ら」行がうまく言えなくて、「ゆりこ」が「ゆいこ」になるのだった。
幼稚園年少さんの前後のことだったろうか…。
ひらがなも自分でよめたのか、私が教えたのか覚えていない。

5年生となった今でも、私はそのことが懐かしくて
番組でも作業でも何かが終わった時にときどきふざけて「ゆりこ!」と言うと
息子は、「なんでそんなこと言うの~~~!」
とニヤニヤしながら照れる。

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# by lesjoursk | 2016-03-01 21:36 | 幼稚園→小学校 | Comments(0)

◆2016年2月28日(日)

久しぶりに一気に本を読んだ。
児童精神科医の佐々木正美氏の著書「子どもへのまなざし」。

いい本である。今まで自分の中でぼんやりとしか感じられなかったことを
明確に言葉にされており、その一つ一つに、そういうことなのか、と納得できる。
何より、タイトルにあるとおり、子どもへのまなざしがとても優しい。
文章や話しぶり(本書は数回にわたる講演会の内容をまとめたもの)から
たとえ先生のお顔を見たことはなくても、話を直接聞いたことがなくても、
確信をもって、佐々木先生はやさしい、と言える。わかる。

佐々木先生のことを知ったのは、だいぶ前に買った「暮しの手帖」の中のエッセイ。
短い文章だったが、やさしさあふれる、難しい言葉を使わない文章で、
読む私の心にすっすっと入り込んでくる内容だった。
もっとこの人の本を読んでみたいと思った。

それからしばらく忘れてしまっていたが、
先日の新聞の書評欄で再び先生の名前を目にして、
そこで紹介されていた本書を手に取った。

内容の大半が、乳幼児を持つ親、保育・教育にかかわる人に向けた内容で
うちの場合はもう乳幼児を通り越してしまっているので
読んだことがすぐ役立つというものではない。
(もちろんハウツー本ではない。)
でも、これから難しい時期を迎えるであろう息子に対しても
先生がおっしゃる親としての姿勢みたいなものは、とても参考になる。

それともう一つ、挿絵が山脇百合子さん!あの、『ぐりとぐら』の!
先生のやさしいまなざしあふれる本に、まさにぴったりの挿絵!
『ぐりとぐら』シリーズは息子がもっと小さいころにたくさん読んだ。
あの頃のことを思い出させてくれる、すてきな挿絵にも、なんだか胸が熱くなった。


*** 以下に、心に残った一節を引用します。

「過剰期待は子どもの自由な発達のさまたげ」---
 親は自分の子どものことを愛していると思いながら、親の一方的な都合や願望で子どもに過剰期待をしていることがあります。子どもにとって親の存在が、重荷や負担に感じられるのは、親の過剰な期待や干渉があるときです。そしてそのことが、しばしば、子どもの自主性や主体性といったものの発達を阻害して、社会的に自立した子どもに育たないことの原因にもなります。ときとして、放任より悪い結果をひきおこすこともあります。もちろん、保育者や教育者にもそういうことがありえます。
 過剰期待というのは、たいていの場合、子供の将来を思ってそうしているのですけれど、じっさいには、されたほうは非常に苦しいものなのです。…
 …
 過剰期待の意味は、子どもの精神保健や子どもの教育、保育にたずさわる者としては、「いろはのい」として、よく知らないといけない基本的な事柄なのです。…
 子どもにたいする過剰期待というのは、子どもの将来をより豊かなものにしてあげたいという、相手にたいする思いやりや愛情のつもりでいるかもしれません。しかし、これはとんでもなくて、子どもが感じている心理的意味は、拒否されていることなのです。なぜかというと、現状のあなたには満足していないんだということを、別の表現を使っていっているだけなのですから。

「自分のやりたいことがいっぱいある親たち」---
 現代の若い両親は、子どもに目を向けてあげることが、できなくなりつつあります。それは、なぜかといいますと、今日の日本の風潮の中で、ずっと若いときから、親自身が自分の楽しみを生活の中心にするという習慣が身についているからです。ですから、子どもが生まれたとしても、日常の関心は、子どもが求めているほど育児には向かないで、自分の興味とか趣味に向かってしまいがちです。
 …
 けれども、人間というのは、自分の楽しみばかり求めても、本当の幸福は得られないのです。周囲の人の幸せのために自分が生かされていることに、喜びを感じることができるのが、人間としての幸福ですよね。
 …
 子どもの精神科の医者として、お母さんやお父さんにお願いしたいことは、子どもの笑顔や喜ぶ姿に、ご自身が喜べるご両親であってほしいということです。親の希望どおりのことを、子どもがしてくれることに喜びを感じるのではなく、子どもの希望にこたえられることに、幸福を感じられる親であってほしいということです。
 「人間」の本当の幸福は、相手の幸せのために自分が生かされていることが、感じられるときに味わえるものです。このことは本当に本当です。自分の幸せばかり追求することによって得られる幸せなど、本当の幸福ではけっして、けっしてないのですから。

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# by lesjoursk | 2016-02-28 21:19 | | Comments(0)

◆2016年2月12日(金)

横浜にある私の実家には、現在両親が二人で住んでいる。
父は今日はデイケアの日で不在、母だけだった。
そこへ「息子」(←私の「弟」)から電話。

「○○です(←弟の本名)。38度以上の熱が下がらなくて昨日、夜間診療に行ったんだけど、熱でボーッとしていて貴重品や会社の通帳・書類が入ったかばんを盗まれた。今日はまだ熱下がらないけど、どうしても行かないといけない仕事があるから、これからキャッシュカードとか全部とめてから出社する。で上司に相談する。今日、かばんは駅のベンチの下で見つかって、でも本人確認する手段がないから駅の遺失物係から実家に電話してもらうことになっている。」

その後、「遺失物係」から母へ電話があった。

母は私に、こういうわけで、弟の名が利用されるかもしれないから
気を付けなさい、と伝えたくて電話してきたのだ。

私が母からこの内容の電話を受けたのがお昼前の出先。

いくら熱とはいえ、うかつだなー弟よ…
でもアンタは設計なのに、なんで通帳預かるわけ…?

と思いつつ、私は帰宅した。

その後もどうも腑に落ちず、3時前にふたたび母に電話。
すると、あのあと「息子」からまた電話があった由。

「通帳なくしたから、振り込む予定だった資金を振り込めなくなって上司に相談したら、上司が立て替えることになった。けれど、上司が奥さんに資金を引き出すように頼んだけれど、詐欺が横行するご時世なので、どうしても引き出せなかった。だから、「オレ」(「弟」)がお金を実家から借りて振り込むことになった。210万悪いけど、貸してもらえないかな。…
 このことは誰にも言わないでね。子どもが親からお金を借りるなんて、すごく恥ずかしいから。」(←常套句らしい)

ご丁寧に母は、忙しいのに銀行に引き出しに行った。
銀行員も警備員さんもとても心配してくれて、それに対して母はあれこれ説明したりして、なんとか引き出せてしまったそうなのだ。

で、母が帰宅したときに、私がちょうど電話かけたのだった。

「ちょいまち!それ、ぜったい詐欺!
 弟しか知り得ない、ウチのこととか話してた?」

と聞くと…それは話してないと思う…と言う。

で、私がためしに弟のスマホに電話すると、ハイ弟がすぐ応答。

「はい、なに?いま仕事ちゅう。熱?出てないよ。
 …は~?なんだよー、おれの名前かたって電話あったら
 ぜったい折り返しおれに電話しな、って言ってるのにぃ~!」

母に、警察に電話するように言い、
まもなくテキからかかってくる電話で、警察に指示されたようにすっとぼけるつもりだったのが、つい悔しくて、
 「あんた、だれっ! いまから合言葉言うから、あんたも言ってみな!」
と言ってしまったそうだ。すかさず電話が切れたのは言うまでもなく…。
210万は無事だった…。あ~、あぶなかった!

弟が勤める会社は超大手メーカーのグループ会社。社員が会社のお金を「立て替える」なんて、ありえない話。なのに、絶対ひっかからない、と豪語していた母が、見事にはめられた。テキは弟の本名を名乗っていた。いま、実家のある区では、この手とまったく同じ手の詐欺が急増しているそうだ。

やはりよほど用心していないと、いつどこで騙されるかわからない。
いやな世の中、みなさんもどうぞお気をつけて。








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# by lesjoursk | 2016-02-13 10:43 | その他 | Comments(0)

横浜で年越し

◆2016年1月11日(月)

この年末年始は息子と二人で横浜の実家で過ごした。
(夫は仕事のため、一緒に行けず。)

29日に実家に向かう途中の横浜線車内で母から、
父が食べ物を喉に詰まらせて救急搬送中という連絡を受けた。

どうなることかと思ったが、母の躊躇ない心臓マッサージや
すぐに駆けつけてくれた救急隊員の適切な処置のおかげで
救急車内で意識を取り戻し、事なきを得た。

私と息子はとりあえず実家に荷物を置いて、
まるで泥棒に入られたような様子の室内を元どおりにして病院へ。
父の顔を見て話をしたときには本当にほっとした。

結局、ごくごく軽い肺炎になりかかっていたが
1泊入院しただけで、あとは自宅で抗生剤を飲みながら
普通に生活しても大丈夫と言われたので、翌日に退院できた。
脳への影響もまずなかったようで、安心した。


実家滞在中は、騒々しい息子が家の中をかき回すわけだが、
それがアルツハイマーの父には素晴らしい刺激となって
父の調子も明らかに良くなる。
こういう状態が毎日続けば、海馬の細胞が再生されるのでは、と思うほどである。
私が結婚して遠くに住むようになってしまったことは
申し訳なかったなあと、切実に思うときでもある。


横浜では、年が明けると港内にいる船が一斉に汽笛を鳴らす。
その音が聞きたいから起こして、と息子に頼まれていたので
わざわざアラームをセットして、3分前に起こしにかかったのに
熟睡しまくっていて起きやしない。
揺さぶっても肩をたたいても声をかけても起きない。
そのうち、汽笛が盛大に響き渡り、
八景島の打ち上げ花火もポンポン聞こえてきた。
息子を起こすのは諦めて、私は布団の中で汽笛と花火を聞いていた。
港の近くまで通った高校時代を思い出しながら…。

翌日、息子に責められたのは言うまでもない。

息子の誕生日の3日には、上大岡の京急百貨店に出かけ、
プレゼントにミニ四駆2台を買って差し上げた。
地下の食料品売り場に行くと、今年も獅子舞がいて
私たちも頭をかぷっとかんでもらった。

今年も家族そろって、元気に穏やかに暮らせるように…願うのはそれだけである。

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# by lesjoursk | 2016-01-11 22:12 | 暮らし | Comments(0)

2016年もどうぞよろしく

◆2015年12月28日(月)

掃除なんか全然できていないけれど
それはあまり気にしないことにして、
最低限やっておきたいお正月の準備をほぼ済ませて、ほっとしている。
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このお正月、私と息子は明日から私の実家に行く。
父の介護を一生懸命してくれている母を少しでも助けるため
早く行ってあげなさいと義母が言ってくれた。本当にありがたい。

夫は仕事の関係で行けないので、新幹線で。5日に戻る予定。
(近年のお正月はこのパターンになりつつある)

ということで、これを読んでくれている皆さま、
今年もありがとうございました。
新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。
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# by lesjoursk | 2015-12-28 17:35 | 暮らし | Comments(0)

やることがいっぱい…

◆2015年12月14日(月)

忙しい忙しい…と言うのは好きではないけれど、
なんだか忙しい…。

その理由は、やはり在宅仕事を抱えているから。
コンスタントに仕事を頂けて、私の仕事ぶりを評価して頂いて
本当にありがたい。
だから私も、できるだけ質の高いものに仕上げてお返ししたい。

その結果、私の性格も手伝って、つい根を詰めてしまう。
仕事が詰まっている時は、土日も夜も、食卓にバーーーッと広げて赤ペン片手に読み込む。
仕事の内容そのものは楽しいし好きなのだけれど、
それプラス家事、ってのが、やっぱり大変なんだなー。
外に働きに出ている主婦の人はすごいな~と思う。

そんなこんなで、今年は今日になってやっと、ツリーを飾った。
今週は金曜日まで仕事が来ない予定なのだ。

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近頃は、朝や夜の布団の中で、その日(次の日)にしなければならないこと、
絶対にやりたいことを頭の中でツラツラ並べる。
一日が終わり、振り返って、それらができていて、ご飯も作れていたら
ああ~できた~~~、とホッとする。

やらねばならないことが目白押しのときは、
 ① 優先順位をつける
 ② 順位の高いものから先にやる
 ③ その他のことは、細切れでもいいからやる
 ④ 思っていたようにできなかったとしても、落ち込まない

と、身を持って感じている、今日この頃である。






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# by lesjoursk | 2015-12-14 12:56 | 季 節 | Comments(0)

◆2015年11月12日(木)

訪れたのは11月10日。紅葉は少しずつ始まっていた。
まだ緑が多いけれど、その中に秋の色の木々が混じっているのは趣深い。

国宝・本堂の懸造りの外舞台は修理が始まったばかり。
谷に突き出した舞台からのパノラマはお預けだったけれど
ご本尊の特別公開が行われていた!

長谷寺へは何度か来ているが、
特別拝観のチャンスに巡りあったのは初めてである。
錫杖を持った大きな十一面観音さん。
その巨大なお御足を触らせてもらえる。
受付で、塗香(ずこう)という、粉のお香を両の掌と甲に塗り、体を清める。
そして、五色線(ごしきせん)という、ブレスレットのようなものを
左手にかけて頂くことにより、観音さまと結縁(けちえん)される。

にじり口のようなところから入り、像の足元へ。
お御足はぴかぴかに光っている。
古来どれだけ多くの人にさすられてきたことだろう。
人々の願いを一身に受けるに十分な、どっしりとした力強さを感じる。

像は磐座(いわくら)の上に立っていると事前に読み知っていた。
確かに台座は石である。が、四角く整えられた滑らかな石だった。
想像していた「岩」とは違っていた。

長谷寺からさらに山を北へ上がると、滝蔵権現という神社があり
巨岩が祀られているという。
長谷寺のルーツはそこではないか、という話は
白洲正子著「十一面観音巡礼」に詳しい。
このお寺を訪れるたびに、滝蔵権現にも行ってみたいといつも思うが
まだ行ったことはない。
時間が足りない、私のきらいなダムを途中やり過ごさねばならない、など
理由をあれこれ挙げてはみるものの、
「隠国」(こもりく)のさらに奥に位置する神社であり、
神様の領域にずけずけ踏み込むようで畏れ多く、尻込みする、というのが本音。
いつか参拝することができるだろうから
その時まで待つことにする。

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# by lesjoursk | 2015-11-12 22:08 | 奈 良 | Comments(0)