カテゴリ:奈 良( 44 )

春日大社お砂持ち行事

◆2016年10月20日(木)

ずっと前に春日大社から案内をもらっていて
これだけは行っておきたい、と思っていたお砂持ち行事に行ってきた。

今は御仮殿にいらっしゃる神様が
ご造替なった御本殿にお戻りになる前に、
参拝者が少しずつお砂を運んで御本殿前に敷き詰めていく行事である。

あれこれ事情があり、すっかり春日の大神様を
心のよりどころにしている自分がいて、
神様の新しいおうちの完成に少しでもかかわりたい気持ちがあった。

本当は先週行くつもりでいたのだが、仕事が入り余裕がなくなったので
今週18日に行ってきた。
23日までなので、逃したら大変、という気持ちがあり
ずっと気になっていたが、無事お砂を運ぶことができて
気持ちがすっきりした。本当によかった。

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by lesjoursk | 2016-10-20 21:23 | 奈 良 | Comments(2)

春日大社と萬葉植物園へ

◆2016年5月17日(火)

ちょっと思うところがあり、一人で春日大社へ行ってきた。
平日にもかかわらず、参道には大勢の人。
特に外国、なかでもアジアからの観光客が多い。
行くたび増えているような気がする。

騒々しいグループや、その格好どうなの?と言いたくなるような人もいて
できるだけ清々しい気持ちで参拝したい私としては、かなり残念…。

が、気を取り直して、手水舎で手を口を清めてからずんずん歩いて
幣殿からななめ左を向いて参拝した(式年造替のため神様は仮殿にいらっしゃる)。

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春日の大神様は私や家族にご縁があると勝手に思っている。
私は三重県に住んでいた子どもの頃から家族でよくお参りに来た。
横浜から奈良に通いだしてからも、何回か参拝しており、
結婚式も春日大社で挙げた。

それから、父母の横須賀の実家の氏神様が春日神社で
もちろん奈良の春日大社と関係するお社である。
親戚もまた、横須賀の春日神社で挙式し、
私も子どもの頃に両親の実家に遊びに行った際、
散歩がてら春日神社にお参りに行ったのを覚えている。

現在、父は病気を抱えていて、距離のある外出は難しいので
励ましの気持ちを込めて、心身守を求めた。
近々手紙とともに父に送ろうと思う。

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参拝後、萬葉植物園に入った。
昔いちどだけ訪れたことがあるが、地味な植物園で
池に浮かぶ舞台と「神」の文字が刻まれた大きな石を覚えているくらいだった。

この時期は藤の花も終わり、ややさびしい感じだったが
里山クラブのメンバーになってからは野の花や木に興味が出てきたので
以前よりはまじめに園内を回ることができた。
騒々しい参道とは打って変わって、ほとんど人がいない園内。
新緑に包まれた空気がとても気持ち良かった。
以下、覚書をかねて。

 朴の木(ホオノキ)。大きな葉っぱ。e0091161_229680.jpg

 杜若(カキツバタ)。e0091161_2291752.jpg

 二人静(フタリシズカ)。 e0091161_2293045.jpg

 小川が流れる園内。e0091161_2294656.jpg

e0091161_2295675.jpg 蟻通(アリドオシ)。すごいトゲトゲ。
説明板に曰く、
「家の庭にマンリョウ、センリョウ、カラタチバナ、ヤブコウジ、アリドオシを
 植えることで、万両、千両、百両、十両、有り通し(一両)となり、つまり
 お金が常にあることを願う縁起物として植えられる。しかし、アリドオシを
 植えていなければ、万両、千両、百両、十両、無し通し(常に無いまま)となる。」


 甘野老(アマドコロ)の茎。e0091161_22101542.jpg

 桂(カツラ)。e0091161_22102652.jpg

e0091161_2210354.jpg 句碑。
 「かすがのに おしてるつきの ほがらかに
   あきのゆふべと なりにけるかも 」 秋艸道人



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by lesjoursk | 2016-05-17 22:41 | 奈 良 | Comments(2)

いくたびも参る心は初瀬寺…の長谷寺へ

◆2015年11月12日(木)

訪れたのは11月10日。紅葉は少しずつ始まっていた。
まだ緑が多いけれど、その中に秋の色の木々が混じっているのは趣深い。

国宝・本堂の懸造りの外舞台は修理が始まったばかり。
谷に突き出した舞台からのパノラマはお預けだったけれど
ご本尊の特別公開が行われていた!

長谷寺へは何度か来ているが、
特別拝観のチャンスに巡りあったのは初めてである。
錫杖を持った大きな十一面観音さん。
その巨大なお御足を触らせてもらえる。
受付で、塗香(ずこう)という、粉のお香を両の掌と甲に塗り、体を清める。
そして、五色線(ごしきせん)という、ブレスレットのようなものを
左手にかけて頂くことにより、観音さまと結縁(けちえん)される。

にじり口のようなところから入り、像の足元へ。
お御足はぴかぴかに光っている。
古来どれだけ多くの人にさすられてきたことだろう。
人々の願いを一身に受けるに十分な、どっしりとした力強さを感じる。

像は磐座(いわくら)の上に立っていると事前に読み知っていた。
確かに台座は石である。が、四角く整えられた滑らかな石だった。
想像していた「岩」とは違っていた。

長谷寺からさらに山を北へ上がると、滝蔵権現という神社があり
巨岩が祀られているという。
長谷寺のルーツはそこではないか、という話は
白洲正子著「十一面観音巡礼」に詳しい。
このお寺を訪れるたびに、滝蔵権現にも行ってみたいといつも思うが
まだ行ったことはない。
時間が足りない、私のきらいなダムを途中やり過ごさねばならない、など
理由をあれこれ挙げてはみるものの、
「隠国」(こもりく)のさらに奥に位置する神社であり、
神様の領域にずけずけ踏み込むようで畏れ多く、尻込みする、というのが本音。
いつか参拝することができるだろうから
その時まで待つことにする。

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by lesjoursk | 2015-11-12 22:08 | 奈 良 | Comments(0)

見事!藤原京のコスモス

◆2015年10月22日(木)

奈良県橿原市は、藤原京跡に四季の花々を植栽している。
そのことはフェイスブックなどでの投稿で知っていたので
いちど見てみたいと思っていた。

今日、明日香に行った帰りに、立ち寄ってみた。

これぞ、百聞は一見にしかず!
遠くからピンク色のカーペットが見えて、その時点ですでに興奮。
近くに行ってみると、いっせいに風に揺られる一面のコスモスに圧倒された。

畝傍山は家々に隠されてほぼ見えなかったが、
正面に耳成山、右手(東)に天の香具山が鎮座する、
その足元一帯に広がるお花畑と野原。
そして、古代の宮跡を想像するよすがとなる、紅殻色の柱列。

いや、ほんとうに素晴らしかった。
すがすがしく、気持ちよかった。
1300年以上も昔にここに都があったのか…
と想像させるに十分な、風わたる、しずかな野辺だった。

これで十分。
平城宮跡もこういうふうにすればいいのに…。

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by lesjoursk | 2015-10-22 21:32 | 奈 良 | Comments(2)

当麻寺で不思議に思ったこと

◆2015年9月26日(土)

朝早くから息子と夫は、夫の友人とともに大台ケ原に出かけたので
私も思い立って、ひとりで当麻寺に行ってきた。

当麻寺はこれまでにも何度か訪れたことがある。
静かな門前町を歩いて、階段を上って東大門をくぐって境内へ。
門が額縁になって、間に二上山がよく見える。

そのまま境内を進み、本堂にあがって拝観料を納め、
本堂、講堂、金堂の内部を拝観する。
ご本尊は本堂にある曼荼羅だが、それ以外は
どれもこれも、800~1300年前に造られた像ばかり。
よく今まで残っていたなあと感心して拝見していたが、
最後に金堂に入って、ふと思った。

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本堂に向かって、左右に講堂・金堂があるのに、
安置されている仏像は、境内を貫く通路をはさんで向き合うのではなく、
すべて南を向いている。
そういえば、三重塔も諸堂の南にあるし…
このお寺の本来の入口は南側にあったのではないだろうか。

でも、南大門の痕跡は残されていないようだし、
境内の南側は小さな山のようになっていて、参道があったようにも見えない。
双塔も一直線に並んでいないし、各塔が建つ土地の高さも違う。

そういえば、本堂と東大門を結ぶラインは東西の直線上にない。

グーグルの写真で見ると、ずれ具合がよくわかる。
創建当初になにかしらの事情があったのだろうか。

今日、訪れた際に、今さらながら思い至ったことである。

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by lesjoursk | 2015-09-26 22:06 | 奈 良 | Comments(0)

明日香散策とカフェ『ことだま』

◆2015年7月2日(木)

久しぶりの明日香、以前と比べて
変わっているような、いないような…。

横浜からせっせと奈良へ通っては、明日香まで足を延ばすこと数度。
あの頃は駅で自転車を借りて、キコキコこいで回っていた。
栢森まで行ったこともあったっけ。
その先の芋峠に向かう道沿いにある役行者の石像まで
行こうかと思ったこともあったっけ…。

今日は甘橿丘にまず登り、国見(笑)。
手に届きそうなところに畝傍山が見える。その後ろには二上山。
目を右に向けると耳成山に香具山。
遠くかすんで、矢田丘陵と生駒山も見えた。
私は今はあのあたりに住んでいて
明日香まで車で1時間ちょいで来れるんだなあ…と
心の中でついニヤッと笑ってしまうような
妙な満足感を味わった。

今日のお目当ては、友人夫妻がやっている人気店「ことだま」さんで
お昼ご飯を食べることである。
飛鳥駅西側から石舞台古墳の近くに移転されて
より広いお店を構え、お客さんをお迎えしている。

うかがうと、想像していたよりうんと広いスペースに
ゆったりと席が配置されている。
古い家屋が持つ落ち着いた色合いの空間に、流れる曲は静かなジャズ…。

お昼ご飯は、どれから食べたらいいか迷ってしまうほど
品数が多く調理方法が多様。盛り付けも美しい。
もちろんお味は最高!食べ切ってしまうのがもったいないくらいである。
器も主張が強くなくて、このお店の雰囲気にぴったり。
どこをとっても、ご夫妻のセンスの良さがにじみ出ている。

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忙しいにもかかわらず、友人は私たちの相手をしてくれて
本当に久しぶりの再会となったこの日は
忘れられない、いい一日になった。

お店を出た後は、稲渕、栢森方面へ。
稲渕の棚田、両地区の勧請縄、南淵請安(みなぶちしょうあん)の墓、
飛鳥川の流れを横目に見ながら
遠い昔の自分がこのあたりを走り回っていたことを思い出した。
あれから何年たっただろう?
が、こうしてまた訪れることができるのは
幸せなことだなあ、としみじみ思う。

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新しくできた立派な道路を多武峰まで走った。
明日香から談山神社まであっという間。
瑞々しい楓の緑と、かたまりになって咲く紫陽花を見ながら境内を散策して
再び明日香に戻り、これまた何年振りかで飛鳥大仏を拝して、帰途に就いた。

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自宅から車で1時間ちょっとの明日香。
また明日香に行く頻度が少し増えそうな気がしている。

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by lesjoursk | 2015-07-03 18:25 | 奈 良 | Comments(2)

写真家・入江泰吉氏の旧邸を訪ねる

◆2015年4月9日(木)

奈良市水門町。
県庁から徒歩数分の静かな住宅地に入江氏の自宅はあった。
平屋の、落ち着いた雰囲気の建物で
庭には四季を彩るさまざまな草花が植えられ、大木も数本ある。
庭の境の下には吉城川が流れており、
まるで山間の静かな宿にでもいるような錯覚を覚える。

思いのほか、居心地のいい場所だった。
案内してくれた奈良市写真美術館学芸員による話は
まるで入江さんと直接親しく話したことがあるかのように
(実際そうだったのかもしれないが)
氏の存在を身近に感じさせてくれたし、
受付の女性の応対もとても感じがよかった。

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入江夫妻が使っていた客間のソファを
「どうぞおかけください」とすすめられたので
庭を背にした端の席に腰かけたところ、
そこが入江氏の定位置だったと学芸員さんが教えてくれた。

書斎には本がたくさん詰まった本棚があり、
その先は広い窓のあるアトリエになっている。
氏は写真撮影の傍ら、「ガラス絵」の製作にも打ち込んでいたとのことで
その腕前は個展を開くほどだったとか。
それから、ちょっと意外だったが、ホームセンターが大好きで
そこでいろいろな工具を見ては、気に入ったものを買ってきたそうだ。

横浜に住んでいた頃は、奈良に行きたくなると
入江氏の作品集を見て、うっとりしていた。
古代の息づかいが感じられる写真、
美しい四季や、一瞬の自然の変化をとらえた写真の数々は今でも大好きである。

その写真家の自宅に入らせてもらえるとは本当にありがたいけれど
なんだか申し訳ないような気もする。
白洲正子氏の武相荘公開の話を聞いたときにも思ったが、
ずけずけと土足で上がり込むような感じがする。
ご本人は空の上から苦々しく思いながら
眺めているのではなかろうか。

入江邸を出て、東大寺戒壇堂の方へ向かった。
戒壇堂の敷地を巻くように取りつく小道は
入江氏のお気に入りの散歩道だったそうだ。
私が持っている本には、その散歩道の写真が掲載されている。
何年ごろに撮影されたのか、背景の築地塀はかなり傷んでいるようだったが
今ではきれいに補修されている。
が、路面の土、わらびが出る土手はあの頃と変わっていないだろう。
入江さんと、時間は違うけれど同じ場所にいることの不思議を思う。

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そこから大仏殿の裏手へ向かって歩いて行くと
遅咲きの濃い桃色の桜が咲いている。満開!

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「おかっぱ桜」と呼ばれているらしい。
まるで女の子のおかっぱ頭のように、枝垂れる枝先が横一直線に揃えられている。
鹿たちが、背伸びして届く高さまで、もぐもぐ食べてしまうからだ。
人間どもが「わー、きれい!」と喜んでいてもお構いなし。
鹿が、自由気ままに奈良公園周辺で暮らしているのが
世界的にも誇れる奈良の風景…
と、私は思っている。









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by lesjoursk | 2015-05-20 22:56 | 奈 良 | Comments(2)

旧川本邸~「大和な雛まつり」

◆2015年3月3日(火)

大和郡山市で行われている「大和(やまと)な雛まつり」に行ってきた。
市内各所・各店舗・施設でいろいろなお雛様を飾って
町を盛り上げようというイベントらしい。

春に向かって光がのびて気持ちも少し高揚するこの時期に
華やかなお雛様をめぐるのは、日向を散歩しているような気持ちになる。
それはとても魅力的なことだが、
私がさらに惹かれたのは、「旧川本邸」の内部を見学できることだった。

大和郡山市の洞泉寺町(とうせんじちょう)あたりはかつての遊郭街で
川本邸もその一角にある。
大正年間建築の木造でありながら3階建て、
前面に整然と並ぶ細かい格子が印象的で、
古いけれど存在感のある建物だ。

玄関先には餅花が飾られている。
入るとすぐ、豪華な宸殿造りのお雛様に圧倒される。
真っ赤な布で作られた金魚のつるし雛、いや、「つるしきんとっと」も
愛嬌ある表情で楽しい。

私は遊郭に興味があるわけではなく、
「町家」といわれるような、古い木造住宅がなんとなく好きなのだと思う。
おそらく実際に住めば、あれこれ快適でないこともあろうから
住んだことがない身で勝手に「なんとなく好き」と言っているだけのことである。

でもたぶん、町家が並んでいた時代は、日本人は今よりもっと謙虚で
お互いの事を思いやりつつ、つましく、でも美しく暮らしていたのではないだろうか。
身の丈をきちんと知っていて、かしこく暮らす…
町家の質素な外観が、そういうことを連想させる。
そんな暮らし方が美しいと思う私は、だから町家も好きなのだろうと思う。

川本邸は遊郭であったため、間取りは一般の家とは異なろう。
建具や装飾も、一般の家よりはずいぶんと豪華だったに違いない。
それでも、雰囲気はこれまで見学させてもらったほかの町家と似ている。

基本的に内部は薄暗い。調度品も多くないし、プラスチック製品もない。
全体的な色調はカラフルの逆、
建具や調度品の素材は木、鉄など渋い色のものばかりである。

が、だからこそ、光が冴え、彩りが際だつのだろう。
中庭からそそぎ込む日光、それを受けて揺らぐ植栽の緑の鮮やかさ。
格子や欄間からも、白い光がスポットライトのように差し込む。
各部屋に展示されているお雛様は、赤や金襴の色が薄暗がりの中に浮き出て
あでやかさがさらに増す。

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日頃単調な色彩の中で暮らしていた人々は、
こういう年中行事では晴れ晴れした気分を味わうことができ、
季節が移り変わるのを肌で感じたのだろうと思う。

自然を暮らしに取り入れ、陰影を生かし、
時の移ろいを感じ、感覚を研ぎ澄ます…。
決して意識的に行っていたわけではないはずだが
ひと時代前の人々の暮らしには、見習うべき点がたくさんある、とつくづく思う。

ところで、何年も前の郡山散策で、建物の意匠に興味を持った。
今回もいろいろな意匠に注目して、片っ端から撮影した。
それをコラージュして眺めて、あらためて細かい仕事の美しさに見とれている。
ひとつひとつに、きっと粋な名前がついているに違いない。
小さな意匠を求めて町を探索するのも、宝探しのようで楽しい。

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by lesjoursk | 2015-03-03 22:54 | 奈 良 | Comments(0)

正倉院展と興福寺特別公開

◆2014年11月6日(木)

正倉院展に行ってきた。
館内は大混雑だったので、すべての出陳品を見ることはできなかった。
目玉の「鳥毛立女屏風」や「桑木阮咸 (くわのきのげんかん)」には
黒山の人だかり。こういうのは早々に見るのを諦めて
工芸品で人だかりが比較的少ないものを見つけて
つまみ食いのように見てきた。

その中で一番印象に残っているのは、「白瑠璃瓶(はくるりのへい)」。
ガラスの水差しである。天平の時代にイランで作られたと考えられるものが
はるばる奈良にやってきて、そこから現代まで欠けひとつない状態で
伝えられていることに静かに感動した。

ほか、かの時代の年賀状のような、かわいらしい「人勝残欠雑張(じんしょうざんけつざっちょう)」や、
大きくて重そうで極端に鷲鼻の伎楽面、素朴な吹絵などを見て、
息詰まりそうな館内から外に出た。

天平の品々を見に来たのか人を見に来たのかわかりゃしない…と思いつつ
気を取り直して興福寺へ。今日はこちらの方が私の中では大事かもしれない。


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  【東金堂後堂】

まず東金堂の後ろに回り、後堂に安置されている
「正了知大将立像(しょうりょうちたいしょうりゅうぞう)」を拝観。
実は2000年の特別公開の折にも後堂に入ったが、そのときこの像はなかった。
安置されていた場所の壁の色が周囲の色と違っていることが、
そこにお厨子が置かれていたことを示しているだけだった。

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【2000年に拝観したときに描いた図……なつかしー!】


現在は真新しい背後板(というのか?)が置かれ、その前に堂々と、
静かながら力強い目線の仏像が立っている。
訪れる人はさほど多くない。静寂が保たれた中で拝観するのが本来の拝観なのだなあと、
正倉院展と比較してしみじみ思った。


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  【北円堂】

北円堂も開扉されているというので行ってみた。ここを拝観するのは何回目だろうか。
堂内にずらりと居並ぶ国宝の仏像の中で、私にとってダントツなのは
いつでも「無著菩薩像」(むちゃくぼさつぞう)である。
不思議と心を落ち着かせてくれるこの像。無著さんは北インドの僧だというから
もちろん生身の人間の姿で、そのことも親しみを感じさせてくれるのかもしれない。
老齢だけれど包容力がありそうで、何物をも恐れないような力強さも感じられる。
この美しいお堂に安置されるにふさわしい、美しい像だと思う。

正倉院展の大混雑をイマイチの気持ちで抜け出してきたが、
興福寺にやってきて本当によかった。興福寺で心が満たされた。

【LOOK!】
興福寺中金堂、ただいま再建中。
そしてここでも活躍、わが町が誇るべき、山本瓦工業さん!
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by lesjoursk | 2014-11-11 23:06 | 奈 良 | Comments(2)

Savvy 的・ならまち散策

◆2014年6月3日(火)

こないだ一緒に長岳寺に行った友人は、ならまちに行ったことがないと言う。
びっくりして、それならまた一緒に行こうか、ということで
6月3日にならまちを散策してきた。

朝9時に最寄駅を出て、9時半には近鉄奈良に着くこの近さ…
横浜からせっせと奈良に通っていたことを思うと、まっことありがたい。

友人を案内するにあたり、だいたいのプランは考えていた。
まず商店街を抜けて、南円堂、猿沢池をちょっと覗いてから
「ならまち格子の家」を目指す。そこから少しずつ北上しながら
元興寺も拝観して、チェックしておいたお店でランチして、
おみやげ買いながら2時には近鉄奈良駅に…。

東向商店街はまだ開いていないお店もあり、スルッと通過。
「興福寺に三重塔もあるの、知ってる?」と聞くと、案の定「知らない」というので
三重塔に立ち寄り、南円堂にお参り。
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中金堂の再建工事が始まっているので、覆い屋がどっかり境内を占めて風情がない。
猿沢池の柳越しに五重塔を眺めてから
小道を通って餅飯殿(もちいどの)商店街の中ほどに出た。
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なにやらかわいらしい物を置いているお店が右に左にあり、
まだ開店していないので「帰りに寄ろうね」などと話しながら
私の足は自然と「遊 中川」へ。ちょうど10時。
たぶんこの日最初のお客となった私たちである。

扇子やバッグ、メガネケースや蚊帳ふきん、もう目移りして仕方ない。
が、小物以外はいいお値段なので、眺めるだけだった。
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中川さんでは昔たずねた時、お座敷に上がり、お茶や赤米のお菓子を頂いたことがある。
なぜそんな接待をしてくれたのか覚えていないが
出入りの印刷屋さんも一緒に食べて、のんびり過ごさせてもらったのを覚えている。
それから間もなく、「遊 中川」として東京・恵比寿三越に出店したのを皮切りに
あちこちに出店して事業を大きくされているようだが、
昔のような「奈良ならではのお店」というイメージが薄れてしまったのは残念に思う。

餅飯殿商店街に戻り少し進むと、今度は脇道を右に入ったところに
蚊帳のとばりが風にゆるやかにたなびくお店がある。
ピピピッとアンテナが立ったように感じて、そのお店に吸い寄せられた。
入口までの通路には和風の植物が植えられ、打ち水も涼やかな感じ。

そこは丸山繊維産業(株)が展開する「ならっ布」(ならっぷ)というお店だった。
ふすまに貼る紙、「ふすま地」で作られた紙製品がたくさん売られている。
中でもブックカバーの種類の多さは圧巻。
和風、モダン、季節、奈良の寺社など、どれか一つに決めるのがそれはそれは大変。
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小さな中庭もある。新緑まぶしいカエデとヤマボウシに包まれて気持ちいい。
お土産を選んでいたらしい外国人2人が、ここの商品に相当感動しているらしく、
「素晴らしい!ヨーロッパにも出店するべきです!」と店員さんに話していた。
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こんな調子なので、最初に目指していた「ならまち格子の家」までは遠い…。

ならまちエリアに入っても、頭の中のうろ覚えの地図で歩いて迷ったり
お店をキョロキョロしたりで、相変わらずのスローペース。
まあこういう所では迷ったり立ち止まったりが楽しいのである。
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「小塔院」の標示を見つけたので門をくぐることにした。
「ここには元興寺の五重塔跡があってね、礎石が残ってるんだよ。」
と、エラそうに講釈垂れてみたものの、前に訪ねた時の景色と違う…。
あれ?あれ?と言っているうちに敷地を通り抜けた格好になり
出た所にランチ候補の一つ、「こんどう豆腐庵」があった。
あとで思い出したのだが、「小塔院」と「塔跡」を混同していた。(シャレではない)

ちょうどいいや、早めのランチにしよ♪と思ったのも束の間、定休日だった…。
すると友人が、「カナカナにも行ってみる?」と言う。
超人気店で11時の開店前に既に並んでいるという情報もあったので
ハナから諦めていたお店である。もう11時15分だが近くまで来ているから
覗いてみようということになり、行ってみると、なんと!まだガラガラ。
嬉しくて、今日のランチはカナカナで決定!
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町家を改造したイマドキのカフェである。
玄関を入ると、お座敷が3間と土間が1つ。
あとで聞くと、一番奥のお座敷はもとは中庭だったそうだ。
欄間飾りなども昔のままで、これでお庭が残っていたら…と思ったが
お店の雰囲気も店員さんも、お料理もどれもよく、
人気店である理由がよくわかった。

1時間ほどゆっくりして、午後の散策開始。
次こそは「ならまち格子の家」へ!

ところがまたひっかかった。今度は「砂糖傳」(さとうでん)。
砂糖を扱うお店であることは前々から知っていた。
ただ、入りづらい雰囲気があり、古い看板を眺め撮影してはその場を去っていた。
でも今日は戸も立てておらず、オープンな感じ。
ショーウインドウにあった和三盆の干菓子にひかれて入ってみたら
これがおもしろかった。

女性店員さんがお店や砂糖にまつわる話をたくさんしてくれる。
砂糖傳。創業安政元年、今年で161年だそうである。
もともとはお茶を商っており、木津川を下って大阪や堺にお茶を売りに行っていた。
からの船で帰るのももったいないので、当時はまだ珍しかった砂糖を積んできて
奈良で売ったとのこと。
重い砂糖を運ぶのに牛や馬や、犬までも使ったことがあったそうだが
自動車が普及し始めると、早速それを取り入れた。
しかし、運転の仕方を教えるところが奈良になく、それなら作ってしまえというので
作ったのが、今の「奈良自動車学校」なのだそうだ!
びっくり!私も通った学校ではないか。
そして、自動車が走るにはガソリンが要る、ということで
ガソリンの商いも始めて、それが今の「マスオ商事」。
砂糖傳の創業家は「増尾さん」なのである。まあ二度びっくり。
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お米から作る水飴の「御門米飴」(みかどこめあめ)や
お茶味、塩味などいろいろな味の金平糖を試食させてもらったりしながら
だいぶ長い時間をこのお店で過ごした。
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水飴などを買って、お店を出ると
「えーと、どこ行くんだっけ?…そうそう、格子の家!」

そしてやっと、当初の目的地に到着したのだった。
すでに1時。あれ、もうあまり時間がない。
中庭から涼しい風が抜ける「格子の家」をさらっと見学し、
奈良町資料館、庚申さんなどに立ち寄りつつ、
商店街のお店を冷やかしながら、2時に近鉄奈良駅に戻ってきたのであった。

行きそびれた元興寺。浮図田に桔梗が咲いているかも、と
少し楽しみにしていたのだが、それはまた次回のお楽しみとする。
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by lesjoursk | 2014-06-07 21:49 | 奈 良 | Comments(0)