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暮らしのシアワセ

◆2016年11月8日(火)

世にいう「読書」を全然しない息子は、マンガなら読む。
近頃、ブックオフに行って、おこづかいで安く中古のマンガを調達することを覚えた。
いま夢中になっているのが、これ。

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ソファに寝転がったりして、あるいは就寝前に布団の中で、
ひとりで 「クククッ」 と笑いながら読んでいる。

これに対し、ワタクシが昼間のすきま時間にちょこちょこ読んでいるのが、これ。

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以前、里山のおじさまに借りて読んだことがあるが、
また読みたくなって自分で買った。
いいことばっかり書いてあって、ホントかな~と疑いたくなるが、
ほんとにホントなら、すごいな~、まだまだ日本、いけるかも、と思う。

最近はこれにジブリの絵のカバーがかけてあって、二重カバーになっている。

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グレーのカバーだとお堅い本という感じだが、
ジブリの絵のカバーをかけたとたん、かる~い感じになる。
人のアタマが抱くイメージって、すごいなー。
というより、こんな小手先の仕掛けでイメージを変えられるなんて、こわいなー。

で、こんな本読んでます、ってエラそうにしているけれど、
ワタクシが寝る前に読んでいるのは、心なごむ、これ。

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クククッ…。



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by lesjoursk | 2016-11-08 21:27 | | Comments(0)

◆2016年8月30日(火)

伊勢奥津で入った小さなカフェ『葉流乃音(はるのん)』さんに
ローカル誌とおぼしき雑誌が置いてあった。タイトルは「NAGI」(なぎ)。
「ローカル鉄道に乗って」が特集らしい。
(いまさらながら、私も結構鉄道のある風景が好きなのかも…)

e0091161_2136342.jpgぱらぱらめくってみると、ある程度読みでがあり、
見やすい紙に親しみやすそうな記事。
伊勢市にある出版元が三重県の情報を発信している。

帰りに立ち寄った伊勢奥津駅横の小さな物販店で
この雑誌が売られていたので、迷わず購入した。
鉄道だけでなく、三重に関する情報があれこれあり、
三重県好きの私としては嬉しい。

ローカル誌は、その「重箱の隅」とでも言うような情報が
スペシャル感を演出しているのか、
私にとってはもはや全国誌よりおもしろいかもしれない。
奈良の「ならら」、横浜の「横濱」、
そして三重の「NAGI」しか知らないけれど、
自分の好きな土地の情報を紹介するローカル誌、
あなどれない。






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by lesjoursk | 2016-08-30 21:40 | | Comments(0)

花森安治の本

◆2016年7月15日(金)

e0091161_2059106.jpgおととい、書店で手に取って買おうかどうしようか迷った本を
今日、買った。

買ってよかった。まだ半分ほど読んだところだけれど、
おもしろい。花森安治がどういう視点で
「暮しの手帖」を作ったのかがよくわかる。
それ以上に、あの雑誌の歩みを詳しく知ることができるのが
私にはとてもおもしろい。

戦後の苦しかった時代に
人々はどう工夫しながら毎日を生きていたのか、
今の時代の私たちが、
かの時代の人々の暮らしから学ぶことがあるのではないか、
そんなことを見、考えながら、夢中でページを繰っている。

 (何度目かの内田百閒「百鬼園戦後日記」も同時進行で読んでいる。
  これはこれで何度読んでもおもしろい。というか、百閒先生がおもしろい。)

花森さんの字も好きだ。
「暮らしの手帖」の中で今でもときどき見かけるあの書体はだれのものだろうと思っていたが
やはり、花森さんのものだった。
かっちりした字体ではないが、統一感があって見やすい。
デザインの要素も感じられる。
現在の「暮らしの手帖」の「すてきなあなたに」の題字は
花森さんの書体をまねているのだろうか、と思わせるところがあるが
花森さんの字とは全然違う。ヘタにマネしないで、今の人の字を使うほうがよっぽどいいと思う。

「暮らしの手帖」は読みでがあり、広告はなく、毎日の生活に役立つヒントが
なにかしら載っている。目次などから内容を知り、おもしろそうな号は買っている。
でも、最新号は、「はじめてのおてつだい」という特集を組んでおり
中身は読んでいないけれど、タイトルからして引いてしまい、買う気が失せた。
編集長さんが最近新しい方に代わられたけれど、内容はこれまでのような路線を維持してほしい。

「とと姉ちゃん」は、花森さんがモチーフである「花山さん」が登場し、
編集が始まってから、やっとおもしろくなってきた。








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by lesjoursk | 2016-07-15 21:21 | | Comments(2)

◆2016年2月28日(日)

久しぶりに一気に本を読んだ。
児童精神科医の佐々木正美氏の著書「子どもへのまなざし」。

いい本である。今まで自分の中でぼんやりとしか感じられなかったことを
明確に言葉にされており、その一つ一つに、そういうことなのか、と納得できる。
何より、タイトルにあるとおり、子どもへのまなざしがとても優しい。
文章や話しぶり(本書は数回にわたる講演会の内容をまとめたもの)から
たとえ先生のお顔を見たことはなくても、話を直接聞いたことがなくても、
確信をもって、佐々木先生はやさしい、と言える。わかる。

佐々木先生のことを知ったのは、だいぶ前に買った「暮しの手帖」の中のエッセイ。
短い文章だったが、やさしさあふれる、難しい言葉を使わない文章で、
読む私の心にすっすっと入り込んでくる内容だった。
もっとこの人の本を読んでみたいと思った。

それからしばらく忘れてしまっていたが、
先日の新聞の書評欄で再び先生の名前を目にして、
そこで紹介されていた本書を手に取った。

内容の大半が、乳幼児を持つ親、保育・教育にかかわる人に向けた内容で
うちの場合はもう乳幼児を通り越してしまっているので
読んだことがすぐ役立つというものではない。
(もちろんハウツー本ではない。)
でも、これから難しい時期を迎えるであろう息子に対しても
先生がおっしゃる親としての姿勢みたいなものは、とても参考になる。

それともう一つ、挿絵が山脇百合子さん!あの、『ぐりとぐら』の!
先生のやさしいまなざしあふれる本に、まさにぴったりの挿絵!
『ぐりとぐら』シリーズは息子がもっと小さいころにたくさん読んだ。
あの頃のことを思い出させてくれる、すてきな挿絵にも、なんだか胸が熱くなった。


*** 以下に、心に残った一節を引用します。

「過剰期待は子どもの自由な発達のさまたげ」---
 親は自分の子どものことを愛していると思いながら、親の一方的な都合や願望で子どもに過剰期待をしていることがあります。子どもにとって親の存在が、重荷や負担に感じられるのは、親の過剰な期待や干渉があるときです。そしてそのことが、しばしば、子どもの自主性や主体性といったものの発達を阻害して、社会的に自立した子どもに育たないことの原因にもなります。ときとして、放任より悪い結果をひきおこすこともあります。もちろん、保育者や教育者にもそういうことがありえます。
 過剰期待というのは、たいていの場合、子供の将来を思ってそうしているのですけれど、じっさいには、されたほうは非常に苦しいものなのです。…
 …
 過剰期待の意味は、子どもの精神保健や子どもの教育、保育にたずさわる者としては、「いろはのい」として、よく知らないといけない基本的な事柄なのです。…
 子どもにたいする過剰期待というのは、子どもの将来をより豊かなものにしてあげたいという、相手にたいする思いやりや愛情のつもりでいるかもしれません。しかし、これはとんでもなくて、子どもが感じている心理的意味は、拒否されていることなのです。なぜかというと、現状のあなたには満足していないんだということを、別の表現を使っていっているだけなのですから。

「自分のやりたいことがいっぱいある親たち」---
 現代の若い両親は、子どもに目を向けてあげることが、できなくなりつつあります。それは、なぜかといいますと、今日の日本の風潮の中で、ずっと若いときから、親自身が自分の楽しみを生活の中心にするという習慣が身についているからです。ですから、子どもが生まれたとしても、日常の関心は、子どもが求めているほど育児には向かないで、自分の興味とか趣味に向かってしまいがちです。
 …
 けれども、人間というのは、自分の楽しみばかり求めても、本当の幸福は得られないのです。周囲の人の幸せのために自分が生かされていることに、喜びを感じることができるのが、人間としての幸福ですよね。
 …
 子どもの精神科の医者として、お母さんやお父さんにお願いしたいことは、子どもの笑顔や喜ぶ姿に、ご自身が喜べるご両親であってほしいということです。親の希望どおりのことを、子どもがしてくれることに喜びを感じるのではなく、子どもの希望にこたえられることに、幸福を感じられる親であってほしいということです。
 「人間」の本当の幸福は、相手の幸せのために自分が生かされていることが、感じられるときに味わえるものです。このことは本当に本当です。自分の幸せばかり追求することによって得られる幸せなど、本当の幸福ではけっして、けっしてないのですから。

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by lesjoursk | 2016-02-28 21:19 | | Comments(0)

文庫本も要注意…

◆2015年2月1日(日)

鏑木清方の『随筆集 明治の東京』が数日前に届いたのだが
寝しなに読んでいて、またパサッと顔に落として
左まぶたを負傷…。
文庫本も油断ならない。

楽しみにしていた本なのに、寝る前に読もうとすると
あっという間に眠気が襲ってきて
全然先に読み進めない。








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by lesjoursk | 2015-02-01 20:51 | | Comments(0)

美しい文章を読みたい

◆2015年1月28日(水)

眠る前に読む本がほしい。
本は家にたくさんあるけれど、私が読みたいのは
美しい文章で書かれた、読後いやな気持にならない本。
小説は好きではない。ドキュメンタリーは生々しいので本によりけりだ。

今はやりのトマ・ピケティ「21世紀の資本」なんて
高いしでかいし難しいだろうし…(でもちょっとは興味あるのだが)。
(そしたらナント、夫が数日前に買ったらしく、今読んでいるのだとか。
 仕事の一環らしい。ある程度経済学の知識がないと
 わかりにくいかも、と話している。そうだろうな~。)

昨日は、じゃあ図書館に行ってみようかと
念のため調べたら、臨時休館日だった。

そして今朝、ポッと思い出した。
昔、川崎の図書館で借りた鏑木清方の随筆が穏やかで美しくて気に入ったことを。

思い立ったが吉日!?
早速、ネットで 「随筆集 明治の東京」 という清方の著書を注文した。
明日には届くようだ。とても楽しみ。

と言っても、眠る前に読むから
2~3ページも読んだら眠くてコケッと本を落として沈没する。
昔、ハードカバーの本を読んでいたら
ドサッと本を顔に落として、くちびるを切り流血したことがある。
だから、寝床で読む本は文庫本に限る。
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                  (写真と本文はちょっとしか関係ありません…笑)







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by lesjoursk | 2015-01-28 09:59 | | Comments(0)

実歴阿房列車先生

◆2014年9月11日(木)

百閒先生のお伴である「ヒマラヤ山系」こと平山三郎氏が
阿呆列車の旅の裏舞台や先生の暮らしぶりなど
身近にいる人だからこそ知り得る百閒先生のあれこれを著した本。

e0091161_2245589.jpg  百閒作品中では「朦朧軒」などと呼ばれて
  百閒先生との会話での受け答えも「はあ」とか「まあいいです」とか
  いかにも気のなさそうな感じだけれども
  この本を読んでいると、平山氏は百閒先生を愛し、
  百閒先生は平山氏を必要としているのだということが
  本当によくわかる。

国鉄職員であり、かつ百閒先生の弟子である平山氏は、百閒先生より28歳年下。
であるにもかかわらず、百閒作品の校正・出版のほか、
先生の身辺の面倒をいろいろみて、
口数少なくも、大きな懐でドタバタすることなく
遠巻きに先生を包み込んでいるようで
百閒先生の保護者のような感じさえ受ける。

「御慶の会」や「摩阿陀会」に出席できなくなってからの
晩年の百閒先生の様子は読んでいて切なくなる。
図書館で先生の悲報を受け取った時の平山氏の動揺はいかほどだったか。
当時編集していた百閒作品「日没閉門」の出来をどれほど先生に見せたかったことか。

その平山三郎氏も2000年にこの世を去った。
天国でもまた用事もないのに汽車に乗って二人で出かけていることだろう。




  ※『実歴阿房列車先生』は絶版のようです。













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by lesjoursk | 2014-09-11 22:49 | | Comments(0)

◆2014年8月9日(土)

近頃、「奥の細道」を枕元に置いて、ぱらぱらと眺めている。
「月日は百代の過客にして…」から読み始めてみるが、
印象に残るのはいつも、立石寺である。



  山形領(やまがたのりょう)に立石寺(りゅうしゃくじ)と云山寺あり。
  慈覚大師の開基にして、殊(ことに)清閑の地也。一見すべきよし、
  人々のすゝむるに依(より)て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。
  日いまだ暮ず。麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、
  松栢年旧(しょうはくとしふり)、土石老て苔滑(こけなめらか)に、
  岩上(がんしょう)の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て、
  仏閣を拝し、佳景寂寞(かけいじゃくまく)として心すみ行のみおぼゆ。


     閑さや岩にしみ入蝉の声




これを読むと、行ったことはないが、
あたかも自分が石段を登っているかのような気持ちになれる。

  「心のすみ行のみおぼゆ」

すみゆく…心の中が穏やかに静まっていく、その心にも耳を澄ませて
蝉しぐれのなか、歩をすすめる芭蕉の姿が浮かぶ。
そして、「閑さや…」の句に、山寺の静謐な雰囲気を思う。

まもなく訪れる夕暮れ…芭蕉の旅の一日と山寺の変わらぬ一日が終わる。












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by lesjoursk | 2014-08-09 21:49 | | Comments(0)

◆2014年2月19日(水)

伊勢街道についての本を図書館から借りて読んでいる。

伊勢志摩鳥羽方面が好きだが、最近はあまり行けていない。
本でも読んで旅気分に浸ろうかと思い、検索システムで
「伊勢街道」と入力してヒットしたのがこの本だった。

内容はというと、筆者の住む大阪から伊勢までの道のりを歩きながら
途中で見聞する物事をただ羅列しているふうで
読み始めは「あまりおもしろくないかも…」と感じた。
常夜燈、道標に刻まれた文字の記録が圧倒的に多い。
一般には販売されていないようだし、どうやら自費出版に近い本らしい。
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まあでももう少し(我慢して)読んでみるか、とボチボチ進んでいくと
何やら楽しくなってきたのだ。
大阪・心斎橋からスタートして、要所要所で章を区切り、
常夜燈などの文字や付近の歴史的建造物、たま~に地元の人とのわずかな会話、
各地にちなむ和歌、俳句、モノクロの写真、
各章の最初と最後にほんのちょっぴり自然の風物について書いてある…
これのどこがおもしろいのだろうかと自分でも不思議なのだが
ここ数日はこれを読むのがすっかり楽しみになっている。


伊勢街道…いろいろ呼び名はあるようだが、
一番有名なのは、弥次さん喜多さんも歩いた伊勢参宮街道。
江戸から東海道を経由して四日市の日永の追分で伊勢街道に分岐し、伊勢に至る道。

西日本方面からは、大阪を経由し、暗峠(くらがりとうげ←これがめちゃ地元)で
生駒山地を越え奈良に入り、
そこから南下して初瀬街道を通り東進する伊勢本街道と呼ばれる道。
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よく見て歩けば往時の面影はいまだ残っているようで
私もそういう道をのんびり歩いてみたいという思いはあるものの
体力知力根性なく、こうして本で楽しんでいるわけである。
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                        (注:仏隆寺も大野寺も伊勢本街道からは逸れた位置にあります)


頻繁に登場する常夜燈・道標については
実際に刻んである文字を表記してくれているおかげで、ぐんと読みやすくなっている。
石標類の文字の読み方もわかってくる。

天理の櫟本(いちのもと)の道標の例を挙げると…

  (南東面)右なら 左たつた みち      (=右/奈良 左/龍田 道)
  (南西面)右ほう里うじ 左はせミち…    (=右/法隆寺 左/初瀬道)
           享保十二丁未八月吉日   (=1727年)

私の住んでいる周辺でも常夜燈・道標をよく見かける。
今度じっくり見るチャンスがあったら、解読に挑戦してみようと思う。おもしろそうだ。

ということで、本ではまだ榛原のあたり。
もうすぐ奈良県と三重県の県境の山間部に入る。
これから難所続きだなあ!
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by lesjoursk | 2014-02-19 11:55 | | Comments(4)

◆2013年2月17日(日)

e0091161_2057463.jpg 町の図書館で借りた。
 何を借りようか迷っているときに
 「ゴンズイ」の文字が目に飛び込んできて
 反射的に手に取った。

 ゴンズイ。息子が生まれる前、週末ごとに釣りに行っていた頃に
 何度釣り上げたことか…。背びれなどに毒を持っていて
 刺されると救急車モノという話だったので
 釣れて迷惑千万、「またゴンだよ~~~」と言いながら
 メゴチバサミで挟みながら針を外したものだ。

そのゴンズイをどうしたら「三昧」になるのか…。

「香」と書いて「こうやつ」と読む。千葉県館山市にある集落の名前である。
この集落に移り住んだ筆者は、潜ってアワビなどを採りながら原稿を書き、
香の人たちと楽しそうにあれこれやりながら日々を送っている。

その様子のあちらこちらに、集落の伝統や漁労の技術などがちりばめられている。
読みやすくて肩が凝らないし、おもしろい。
文章もしっかりしていて、安心して読める。

ゴンズイ三昧は、ゴンズイを狙って自分で網を仕掛け
何十匹と採って鍋にして食べる、という、ベタな話。
ゴンズイは美味しいというのを私も聞いたことがあるけれど
本書の中では味噌仕立ての鍋にしているから、
やっぱりあんまり美味しくないんじゃないの?私はケッコウでございます…。

この著者のほかの本も読んでみたい。
でも町の図書館にはこの1冊しかない…。


ついでながら、これの前に借りていた酒井順子著「女流阿房列車」はつまらなかった。
編集部が考えた大変な列車の旅をひたすらこなすだけ。
差し入れと居眠りばかりの、百閒先生の阿房列車の足元にも及ばない駄作。
「阿房列車」を名乗るのはやめてほしい。













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by lesjoursk | 2013-02-17 21:14 | | Comments(4)